沢山の人を悩ませ縛ってきた【地元の友達】
私は意味のない同調圧力や「皆仲良く」を半ば強制するような田舎の地域で育ってきました。
この気持ちを簡単に表せば「面白くない」「息苦しい」「皆と合わせなければ村八分状態」
このような厳しい制約の中、質の高い教育や文化に触れることができないまま育ち、また私は個性が強かったので理由もなくいじめや迫害のターゲットになりました。
このブログを書いているのもこのような田舎の狂った風潮にやられ心を病んでしまったからです。
30を過ぎてもまだ人の噂や悪口で盛り上がり、いじめを当たり前のようにする地元の人間たち
私もほかを漏れずいじめられた中学生時代二十年以上に渡って悩み続けた人間関係やいじめも周りがいい大人になれば精神的に成長しているだろうと期待していました。
しかし、同窓会に参加した殆どの人は未だに中学生時代のようにキーキーキャーキャー騒ぎ私が私のように特定の人物に注目が集まるとピタッと空気が静まり返り微妙な雰囲気になります。
そして彼ら彼女らはそれがいじめの一環であることに気付きもしなければ自覚もないようです。
会話の内容は「○○が何をした」とか「○○が好きだった」、特に女子ははそんな話題で盛り上がっていました。
未だに村八分にしていた私に対して飲み物が入ったグラスをわざと離れた場所に置くなど、こういった人がいるのも変わることがありません。
悩み続け苦しみ葛藤した結果、彼ら彼女らは一生変わらない、いじめも噂や悪口もその人らにとっては当たり前のことなのです。
癒着していた【地元の友達】も精神的に切ること=仲良くするのではなく向こうが嫌うなら迫害するなら相手を○すくらいの気持ちで割り切る
そうすることで自分の精神が解放され自分らしくあっていいんだと思えるようになります。
また実際にそれを繰り返すことで【地元の友達】に対しても関心がなくなりなぜこんな人の為に私が苦しみ悩まなければいけないのだ?
と気持ちにも変化が訪れます。
結局自分以外の悩みや苦しみもないいじめや村八分にする人間は元々このような思考なのかもしれません。
最後にいじめられそれを忘れられず大人になっても抱えてるなら相手を憎んでいるならちゃんと仕返ししましょう。
「自分が幸せになることが1番の仕返し☆」なんてきれいごとは言いませんし、それはハードルが高く本当にいじめや迫害されたことのない人の口から出た言葉かもしれません。
法に触れないよう気が済むまでし、気が済んだら自分の幸せを考えましょう。