いじめを絶対にしてはいけない理由とは?
これを書いているほんの1日前の今月24日に愛知県の中学三年生が同級生に刺され〇亡するという痛ましい事件が起こりました。
加害者の少年は包丁を持ち込み被害者を刺しその刺し傷は肝臓に「達する」のではなく「貫通」していたといいます。
そして次の日取り調べで加害者の少年は「いじめをうけていた」と供述したそうです。
まだ不確実な所もありますが、なぜ「いじめ」を決してしてはいけないのか私もいじめを受けその下劣さを肌身に感じてきましたので記したいと思います。
いじめ加害者には自覚がなく被害者は日々辛さを抱えこんでいる
「いじられキャラ」という言葉はご存じでしょうか??
私はこの言葉に大変な不快感を覚えます。優しい人や場の空気を壊さないようにしているいわば無害な子供は「いじめ」をする人のターゲットになることが多い
いじめは「人を使って遊ぶ行為」というコメントを見ました。
確かにいじめなどをしない人であればゲームやスポーツに没頭すればいじめをする必要もなくそれが健全なストレス解消だといえます。
しかしいじめは生身の人間を使って悦ぶ(よろこぶ)行為なので加害者側は犯罪行為の自覚がなく生きているおもちゃ感覚のようにしているのが殆どだと思います。
そして優しい我慢強い子供は毎日毎日何年も耐え続け、壊れるまで耐え忍んだ結果正常な判断が行えなくなり加害者に対して〇してしまうまで感情をため込んでしまうのではないでしょうか?
私は同じようにホストクラブにいるような男性にいじられ続け限界を超えるまで我慢をしてしまい感情が爆発し思考能力が著しく現在も低下してしまいました。
いじめをした人の因果応報やいじめられっ子からの報復
いじめはなぜしてはいけないのか?
上述した通り、「いじられキャラ」という子供たちは決して望んでいじられキャラになっているのではありません、顔に出さない、出せないからこそ毎日苦しんで悩んで抱えため込んでいるのです。
そして我慢が限界を超えた結果、このような〇人事件に発展してしまうことも毎年のように起こってしまうのでしょう。
私の例を出すとそのホスト系の男性はいじるだけいじって私が潰れた後何もなかったように学生生活を続けていました。
そして何年か経った後、交通〇亡事故加害者となりました、結婚し子供が生まれた直後だったといわれています。
私のケースはいわば私が報復せず天罰の因果応報のような形ですが、もしも彼にこの事故がなければ私も同じように報復していたかもしれません。
そしてその怨みや憎しみは何年たってもなくなることはないのです。
これが「いじめ」のリスクであり決してしてはいけない理由だと私は考えています。
いじめは人の本能に基づいた粗暴な行為であり人という生物がいる限りなくなることはないかもしれません、しかし、徹底していじめはいけないことだと訴え減らしていくことが大切だと思います。