「皆と仲良く」「周りと合わせて」特定の人には地獄の言葉
これまで「個性」と呼ばれるものは「空気が読めない」「変な人」のイメージを与えがちなニュアンスが大きいものでした。
私のように母親からは「素直でいい子になれ」父親は無関心でアスペルガーそして個性しかないようなタイプは全ての学校生活においていじめや見下される対象であり地獄そのものでした。
今でこそ個性が認められるようになっていますが学校生活では個をこれでもかというほと潰し、私は親の方針もあって自分の声を考えをKOROすことが社会に出ていく為に必要なことなんだと本当に精神の糸が切れるまで我慢を続け結局誰の助けもないまま人生そのものが潰れてしまいました。
日本人は思いやりがない世界一冷たい国民だといわれていますが、小さい頃から周りに合わせることだけ叩き込まれて少しでも違うことをすれば袋叩きにされ、高収入・高学歴でないと結婚の対象にならず離婚では男が圧倒的に不利、税金も何もかも上がり続ける。
「普通」が最強で無理ゲーな日本
このような社会で幸せに「普通」になれることの方がよっぽど難しいと思うのはおかしいでしょうか?
希望のない社会に「犯罪」を犯さない変わりにスレスレのことを正当化して楽しもうとする者が多く感じるのも仕方ないことかもしれません。
最近では若い警察官の自○が多くなっていますが、これまで臭いものに蓋をしてきたツケと希望の見えない社会、日本で楽しむことすら出来なくなって来てます。
加害者優先の法律やいじめ問題、学校の隠蔽
「皆と仲良く」「素直でいい子」
を純粋に守る人ほど真っ先に○される社会だとようやくわかるようになりました。
結局そんなことを教えた学校や親が助けてくれるわけはないですね。
個々人が地獄のような軋轢を乗り越えながら成長しなければ「普通」にすら暮らせません。
親も学校も守ってくれないのならどうすればいいでしょうか?
だからこそ「自分」を信じ守るしかない、「皆と仲良く」なんて無防備になり人から利用される言葉は地獄の言葉です。これ以上子供を苦しめてはいけない。